猫耳
学校の帰り道、担任教師とばったり遭って。
途中まで、道は一緒。
何と無く話しながら歩いていると、子猫が一匹、どぶに嵌って鳴いていた。
だから二人で学校に引き返して、綺麗に洗ってあげたの。
泥の中から出てきたのは、ふわふわの茶色い毛皮。
思わず抱きしめたくなっちゃう。

ねえ、ぬ〜ベ〜
この仔可愛いね。
「そうだな…野良かな?」
ううん、首輪に迷子札ついてる。
住所は…隣町?
迷子だよこの仔。
「電話番号はあるか?」
うん、ここに書いてある。
「よし、じゃあ、連絡してみよう」 

電話はすぐに繋がって、飼主さんはとても喜んで。
良かったね〜。あんたの飼主さん、もうすぐきてくれるってさ
そう言ってあげると、それまで怯えていた仔猫が、にゃあん、と鳴いた。
飼主さんが来るってので、安心したの?現金なやつねぇ
あたしが笑うと、仔猫が喉を鳴らす。
う〜〜ん、ほんとに可愛い。

あれ?ぬ〜ベ〜、何してるの?
「ああ、首輪にお経を書いてるんだ」

そう言って、油性マジックで首輪の後ろにびっしりと、細かいお経が書かれていく。

なんでそんな事してるの?
飼主さんが見たら怒るよ。
「一応電話で話してある。迷子封じのおまじないをするってな」
ふうん、これがおまじないなの?
「この仔の迷子の原因は、何か霊に摂り憑かれたからのようだ。今後そうならないように、封じておくのさ。成獣になれば心配はなくなるだろうしな」
ふうん…人間だけじゃなく、動物のもできるんだ。
「ああ、基本は同じだからな」
へ〜、何でもできるんだね。
「こういう事だけはな・・・誉めても何にも出ないぞ、給料ピンチなんだからな」
また貸したげるわよ。
でも、こういうことだけってのは確かだね。
「こうら」
あはははは。

仔猫は膝の上で丸くなって眠ってる。
茶色い毛皮を撫ぜると、ビロードみたいにつやつやしてる。
なんだか、帰すのが惜しくなってきちゃったな…
でも、この仔は帰りたがってる。
ちょっと寂しいな…
でも、しかたないか・・・

ねえ、ぬ〜ベ〜。
「なんだ?」
猫の耳って、犬の四倍聞こえるんだって。
「ほーう?」
目はね、止まってる物より動いているものの方が、見えやすいんだって。
「なるほどな」
でもね、猫の耳は、聞きたい音しか聞かないんだって。
目もね、見たいものしか見ないんだって。
「ははは、そうか」
ねえ、ぬ〜ベ〜。
「ん?」
猫の耳って、広みたいだね。
「はあ?」
だってさ、広は自分の大好きな、サッカーの事しか見ないじゃない。
サッカーの事しか耳に入らないじゃない。
「そ〜言えばそうだな。あの情熱の半分くらい、勉強に回して欲しいもんだ」
担任としてはゆゆしき事態ってやつ?
「まあな」
困ったもんだねぇ。
「だがな、それを言うんなら、俺には、クラスの皆、全員に、猫の耳と目が付いていると思うけどな」
え〜〜〜っ。あたしにも?
「ああ、そうだ」
なんで?
「お前達は、今。これから成りたいもの、やりたい事を探しているからさ」
何それ?
「興味のあるものは一生懸命。興味の無いものは、ちょっと苦手。そういうの無いか?」
うっ言われてみれば…
「俺はな、それでいいと思ってる。俺もそうしてきたから。だが、時期に、自分のなりたいものしたい事が決まってくると、それの為に一生懸命になるのさ。それの為に、苦手なものでも勉強するようになる」
ふうん…
「仔猫の目と耳は、見たいものと、聞きたいものだけを、追いかけるけどな、成獣になれば、見ないといけないものを見て、聞かないといけないものを聞くようになる。それと同じさ」
そんなものなのかなぁ…
「広を見てみろ。あんな物憶えの悪い奴が、ややこしいルールをしっかり頭に入れてるんだぞ。好きな事っていうのは、そういう事だ」
言われてみれば。
…広って、けっこう偉いのかな?
「これで算数を頑張ってくれればな…」
あははは、そだね〜。
「お?来た様だな」

校門に車が止まる音がして、誰かが走ってくる。
ぬ〜ベ〜は出迎えに出て行った。
仔猫ちゃん、お別れだね。
めちゃくちゃかっこいい男の人に抱きしめられて、幸せそうな仔猫ちゃん。
バイバイ芽衣ちゃん。もう迷子になっちゃ駄目よ
飼主さんに名前を聞いて、そう言ってあげると、仔猫はにゃんと鳴いた。
一番星が光る空の下。
仔猫と飼主さんは、嬉しそうに帰っていった。

げ、もう七時近いよ
「ああ、そうだな」
どうしよう、母さんに怒られる。
「俺が訳を話してやるよ」
ほんと〜、よかった。
ついでに、晩御飯、食べてく?
「お、いいのか?」
まあね、ピンチの時のぬ〜ベ〜って、食糧難だもんね。
でも、普通、あっさり生徒にたかる?
「あはははは」
あ、でも、こんなことしたら、ゆきめさんに悪いかな?
「おいおい、からかうなよ」
あはははは、さ、かえろ。
「ああ」


いつもの会話
いつものやり取り
かくして日々は過ぎていく

END